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熊本平家伝説「五家荘(ごかのしょう)」で歴史に触れる!紅葉を楽しむ

すっかり歴女(れきじょ)ブームも定着し、日本の歴史に親しむ人たちが増えてきた今この頃では、ここ熊本の数ある史跡・名所を訪れる人の数が目立って多くなりました。InstagramをはじめSNSで映える撮影スポットが豊富な熊本ですが、平家伝説が残る山あいの村「五家荘 ごかのしょう」は穴場中の穴場といえる歴史スポットです。

壇ノ浦合戦の舞台から近いこともあり、九州各地には平家一族がひっそり暮らしたといわれる場所が数多く残されています。なかでも五家荘は落ち人達が隠れ住むにふさわしい標高1000メートルを超える急峻な山岳に囲まれた秘境エリア。

美しい紅葉はじめ春夏秋冬の自然を楽しみながら、歴史ロマンを感じることのできる場所なのです。
この記事では熊本に残された平家伝説の郷、五家荘についてご紹介します。

五家荘に残る平家伝説の由来

正確には八代市泉町(旧泉村)に位置する五家荘ですが、実は五家荘という地名は地図に掲載された正式な地名ではありません。五家荘とは、この地区にある久連子・椎原・仁田尾・葉木・樅木の5つの地域の総称なのです。

壇ノ浦の合戦の後、平清盛の孫にあたる平清経の子孫が代々暮らしたといわれており、その屋敷は現在も「平家・緒方家の屋敷」として保存されています。またこの地では藤原一族の追討をのがれた菅原道真の嫡男である菅宰相が落ち延びた地でもあります。

五家荘のうち、仁田尾と樅木は菅原一族が、久連子・椎原・葉木は平家一族が代々統治してきました。

五家荘以外にもたくさん!九州地方に残る平家伝説の場所

壇ノ浦合戦時に全ての平家一門が命を落としたわけではありません。合戦後に敵将である源頼朝につかえた平清盛の異母弟「平頼盛」はじめ多くの人々が生き残り辛くも命ながらえました。

源治一門に下ることを良しとせず人里離れた場所でひっそりと暮らした人々ゆかりの場所は、現在も平家落ち人の郷などとよばれ、歴史愛好家の間の人気スポットとなっています。

九州地方の平家伝説が残る場所

五家荘とおなじく平家伝説が残る場所は、壇ノ浦に近い九州、四国、中国地方に多く残されています。特に数百人の平家一門が暮らしたといわれる大分県の「平家山」、平知盛のものとされる墓がある福岡県久留米市田主丸町がよく知られています。

九州以外の平家伝説が残る場所

九州以外にも平家一門が落ち延びた伝説が残る地は数多くあります。関東では安徳天皇をまつる「湯西川赤間神宮」や平家塚・平家杉などの史跡が残る日光・栗山郷がよく知られています。

関西では平家最高を夢見た名残の101本の矢を射る「百手の儀式」で有名な兵庫県美方郡香美町、四国にも各地に平家伝説の残る場所が点在しています。

現在の五家荘は熊本有数のレジャースポット!紅葉キャンプが楽しめる

平家落ち人伝説の残る場所、と聞くとなにやら悲し気なイメージが浮かびますが現在の五家荘には、豊かな自然を観光資源としてキャンプ場などのレジャー施設が整備されています。週末や休暇などの余暇を過ごすにもふさわしい場所となっています。

樅木吊橋

平家の里

また五家荘では毎年10月下旬に平家の郷で行われる「平家琵琶と夜神楽」をはじめ平家にまつわるイベントも多く開催されています。

熊本観光の穴場スポット!五家荘で歴史と自然を感じよう

五家荘に車が走行できる道路が整備されたのは1960年代後半になってからのこと。それまでは道なき道を険しい山を渡ってたどり着くしかなかったまさに秘境という言葉がふさわしい場所でした。

現在は美味しい食事やキャンプが楽しめるようになりましたが、それでも当時の面影をしのぶに十分な静謐が感じられる土地です。千年以上も昔に人目を忍んで暮らした平家の人々に思いをはせながら、五家荘を取り巻く自然の中にいるとまるで別世界を訪れたような錯覚に襲われることでしょう。

梅の木 轟の滝

日常からひと時離れたいという方は、ぜひ五家荘に足を運んでみてください。

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